インタビュアー田中の自己紹介①

はじめまして。
株式会社メイカヒット 代表取締役の田中凌平です。

「タイトルにインタビュアーって書いてるのに代表取締役って言ってるやん」
そう思ったあなた。

大正解。

実は、絶賛自分のアイデンティティをどこに置こうか迷ってるんです。

自分はライターでもあり、編集者でもあり、インタビュアーでもあり、代表でもあります。

なので、このnoteで日々思ったことを書き連ねて、自分探しができればいいなと思って始めてみました。

とは言いつつも、僕が何者なのか掴めないまま発信するのも嫌なので、これまでの経歴と今やっていることを伝えます。

それなりに異色のキャリアを歩んでると思うので、「こんなキャリアでも生きていけるのか」と自分を励ますつまみにでもしてもらえると嬉しいです。

目次

新卒で某ブランドの販売員になる

いきなりですが、大学までの話はバッサリ切ります。

というか、書くことがなさすぎて、切るものもないって感じです。

一応、大学は明治大学を出てるので、そこそこではあると思うのですが、就活では周りのみんなが行くメガバンとか5大商社じゃなくて「CHANEL」に就職しました。

はい、あのCとCの文字がクロスしているロゴのシャネルです。

シャネルに就職した理由は、ファッションが好きだったので、いくならトップのブランドで働きたいというものでした。

結果、銀座で3年、渋谷で2年ほど販売員として、ひたすらシャネルの商品を売っていました。

ちょっと前まで大学生だった自分が何十万円、何百万円もする商品を富裕層の人に売るなんて正気の沙汰じゃありません。

でも新卒ブランドを活かして、お客様にはめちゃくちゃかわいがってもらいました。

今思えば、このときから経営者さんの話が楽しくて聞き役に徹していたなーと。

そして、顧客に喜んでもらうために「似合うものは入ってくるか」「好きそうな商品が次のコレクションにあるか」など、いっつも考えていました。

この時から常にベクトルは自分じゃなくて人に向いていました。

そんなこんなで仕事自体は好きだったんですが、コロナで目標としていた出張が消え、昇進が思わぬ形で消滅し、やさぐれて転職することに。

平成生まれなのに昭和を感じた専門商社

僕がシャネルで行きたかったのは、スイスとフランスへの出張です。

大学の時にイタリアに行って以来、海外に興味を持っていたので、海外出張がある商社へ転職しました。

結論、試用期間の3ヶ月で辞めました。

だって朝はオフィスに入った瞬間に大声で「おはようございます!」と言い、社長の基準に達していなければ1階からやり直しという謎ルール。

高校野球の声出しかってくらい大声ですし、もはや「ああっす!」みたいに「おはようございます」の面影すらない言葉が発せられていました。

しかも、毎月の社内会議では目標に達していないとみんなの前で立たされて詰められるという、確実に令和のこの時代なら一発アウトのかわいがり。

ここで頑張ることで得られるものが見えなさすぎて2度目の転職をさっそく決断。

某ECサイトの物流で人の心を失いかける

コロナ禍だったのでEC需要が爆伸びしていて、給料もいい感じだったので、誰もが使っている某ECサイトの物流管理の仕事に就きました。

ここでの仕事は単純明快。

「注文のあった商品を時間内に確実に仕分けてドライバーへ渡すこと」

ただ、これが毎日戦争のような日々。

何万個と入荷する注文品を40〜50人のスタッフを管理しながら仕分けるんですが、まあ体力的にも精神的にもきつい作業で出荷します。

Where is 自動化?

「こんなの無理に決まってるじゃん」とスタッフから不満の声を聞けば、「今日の生産性は目標に達してるの?」と数字しか気にしない上司から詰められる。

これぞ、THE・中間管理職。

The human is not 数字.

定性面で訴えてくる部下と、定量面で詰めてくる上司。

決して分かり合うことのない鉾と盾の間に挟まれて血みどろでした。

しかも、定期的にやってくる夜勤が身と心をゴリゴリすり減らしていきます。

そんなある日、昇進の話を持ちかけられました。

普通なら喜ぶことなんですが、僕は悟りました。

「このままレールに乗ったら人の心を失ってしまう」

ここで3度目の転職を決断。

ちなみにこの会社、1日が10時間で週4日勤務。

毎週のように3連休があると暇なので、副業を始めたのがライター・田中が誕生したきっかけです。

副業と本業の間で揺れ動く不動産営業

人の心を保つべく、テナント物件の仲介に転職しました。

あまり世間でイメージされるブラック120%の不動産ではなく、どちらかというとホワイトな会社でした。

ただ、この時から出勤前と帰宅後に副業でひたすら執筆をする生活が始まっています。

ランチの時はスマホで案件を探しますし、外に出る営業の移動時間で見出し1つ考えるとかもザラでした。

とにかく早く帰ってライティングをしたかったので、歴が浅いとか関係なく問答無用で残業をあまりせずに帰宅をかましていました。

そんなある日、僕がミスをした時にふと上司が「早く帰ってるからそうなるんだよ」とボソッと。

「あ、辞めよう」

たぶん1ヶ月ライターにコミットすれば生活費くらいは稼げそうだったので、スッと辞める決断ができました。

こうして、晴れて「専業ライター・田中」が爆誕しました。

正直、キャリアが「販売員→商社の営業→物流管理→不動産営業」とバラバラすぎて、ライターがダメならどうしようもない人材になるのは間違いないです。

結構、背水の陣でライターになった感は否めません。

次は、フリーランスから法人設立、どんな事業を展開しているのかについて話していこうと思います。

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